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東京地方裁判所 平成9年(ワ)16522号 判決 1999年3月31日

原告

王子信用金庫

右代表者代表理事

右訴訟代理人弁護士

北原雄二

被告

右訴訟代理人弁護士

飛田政雄

神田洋司

永倉嘉行

阿部健二

主文

一  被告は、原告に対し、金一六億一八四五万七二七四円及び内金五億一〇五二万三七四一円に対する平成一〇年一〇月三一日から、内金四億六一一九万三六八九円に対する同年一月三一日から、内金二億六二七五万五一九七円に対する同年一一月二一日からそれぞれ支払済みまで年一四・五パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、主位的には、昭和六〇年一月二五日に締結した包括連帯根保証契約に基づき、予備的には、平成六年八月三一日に締結した連帯保証契約に基づき、原告の三晴建設株式会社(以下「訴外会社」という。)に対する貸付金残元本及び利息等の合計一六億一八四五万七二七四円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  信用金庫取引契約の締結(≪証拠省略≫)

原告は、昭和六〇年一月二五日、訴外会社との間で、信用金庫取引契約(以下「本件信用金庫取引契約」という。)を締結した。

2  包括連帯根保証契約

被告は、昭和六〇年一月二五日、原告との間で、訴外会社が前記信用金庫取引契約に基づき原告に対して現在及び将来負担する一切の債務について、包括連帯根保証契約を締結した。

3  金銭消費貸借契約の締結(≪証拠省略≫)

原告は、訴外会社との間で、次の(一)ないし(三)の内容の各金銭消費貸借契約(以下、それぞれ「金銭消費貸借契約(一)」、「同(二)」、「同(三)」という。)を、各契約締結日欄記載の日にそれぞれ締結し、各貸付金欄記載の金員をそれぞれ交付した。

(一) 契約締結日 昭和六二年七月七日

貸付金 六億七五〇〇万円

弁済方法 昭和六二年八月から平成一九年七月まで、毎月一六日に四五六万四三〇〇円あて割賦払い。

利息 年五・二九二パーセント

遅延損害金 年一四・五パーセント

(二) 契約締結日 平成二年九月二一日

貸付金 五億二〇〇〇万円

弁済方法 平成二年一〇月から平成四二年九月まで、毎月一六日に三七〇万一七三七円あて割賦払い。

利息 年八・二二パーセント

遅延損害金 年一四・五パーセント

(三) 契約締結日 平成二年一〇月三一日

貸付金 三億円

弁済方法 平成三年二月から平成四二年一〇月まで、毎月一六日に二二二万四六六〇円あて割賦払い。

利息 年八・六〇四パーセント

遅延損害金 年一四・五パーセント

4  契約内容の変更(≪証拠省略≫)

原告は、平成六年八月三一日、訴外会社との間で、金銭消費貸借契約(一)ないし(三)につき、それぞれ次のとおり、同日までの確定利息及び損害金を確定した上で、弁済方法及び利率をそれぞれの欄記載のとおりに変更した。

(一) 残元本 五億六二二二万二七五八円

未払利息 四九四二万二一八五円

弁済方法 平成六年九月から平成三六年八月まで、毎月一六日に三一四万八六三六円あて割賦払い。

利息 年五・三七六パーセント(変動金利)

(二) 残元本 五億一二一九万四八二四円

未払利息 二七六一万八九七四円

弁済方法 平成六年八月から平成三六年八月まで、毎月一六日に二八六万八四六三円あて割賦払い。

利息 年五・三七六パーセント(変動金利)

(三) 残元本 二億九六〇二万五二〇九円

未払利息 一九九八万八六六六円

弁済方法 平成六年八月から平成三六年八月まで、毎月一六日に一六五万七八四〇円あて割賦払い。

利息 年五・三七六パーセント(変動金利)

5  訴外会社による返済、残元本及び利息

訴外会社は、金銭消費貸借契約(一)ないし(三)につき、原告に対し、それぞれ別紙残元本推移・利息等計算書1ないし3の支払年月日欄記載の日に、元本支払額欄記載の金額を弁済し、その結果次のとおりの残元本及び利息・損害金合計額が存する。

(一) 残元本 五億一〇五二万三七四一円

利息・損害金合計 一億八五一四万七三一五円

(二) 残元本 四億六一一九万三六八九円

利息・損害金合計 九六一八万六〇五七円

(三) 残元本 二億六二七五万五一九七円

利息・損害金合計 一億〇二六五万一二七五円

6  期限の利益喪失

訴外会社は、金銭消費者貸借契約(一)につき平成六年九月以降の、金銭消費貸借契約(二)及び(三)につき同年八月以降の割賦金の支払を怠ったため、原告は、信用金庫約定五条二項に基づき、訴外会社に対し、平成九年五月二九日付けで翌三〇日に到達した内容証明郵便により、同年六月六日までに未払いの割賦金の支払をするよう請求したが、訴外会社は、右支払をしなかったので、同日の経過をもって期限の利益を喪失した。

三  争点

1  原告の主張

被告は、昭和六〇年一月二五日、原告に対し、訴外会社が前記信用金庫取引契約に基づき原告に対して現在及び将来負担する一切の債務について包括連帯根保証契約を締結したのであり、訴外会社の金銭消費貸借契約(一)ないし(三)に基づく債務について支払義務がある。

仮に、これが認められないとしても、被告は、平成六年八月三一日、原告との間で、訴外会社が当時原告に対して負担する一切の債務について連帯保証契約(以下「本件連帯保証契約」という。)を締結した。なお、右債務の中に、訴外会社の原告に対する金銭消費貸借(一)ないし(三)に基づく債務が含まれている。

2  被告の主張

(一) 包括連帯根保証責任の消滅

本件信用金庫取引契約は、限度額も保証期間も定められていないいわゆる包括連帯根保証であるところ、被告は、昭和六一年一月八日、当時被告の妻であり(現在離婚)、訴外会社の取締役であったB(以下「B」という。)及び被告の長男であり、当時訴外会社の取締役であったC(以下「C」という。)から訴外会社の代表取締役を解任されており、金銭消費貸借契約(一)ないし(三)が締結されたのは、被告が訴外会社の代表取締役を解任された後のものであること、被告が解任されたことは直ちに原告に通知され、原告は、被告の解任を支持していること、原告は、金銭消費貸借契約(一)ないし(三)につき、B及びCに連帯保証させているなど、十分な担保の提供を受けていること、原告は、右各金銭消費貸借契約締結の際、被告に保証意思の確認をしていないことから、被告の保証責任は、被告の解任後に締結された金銭消費貸借契約(一)ないし(三)については及ばない。

(二) 本件連帯保証契約の錯誤による無効

被告は、平成六年八月三一日、原告から、「債務承認及び支払等契約書」(≪証拠省略≫)に署名押印を求められた際、連帯保証には応じない旨告げたところ、原告から、本件信用金庫取引契約に基づく被告の包括連帯根保証責任は金銭消費貸借契約(一)ないし(三)にも及ぶと告げられ、これが及ばないことを知らずに、原告から強く署名押印を求められるままに、右「債務承認及び支払等契約書」に署名押印したのであり、被告には、本件連帯保証契約を締結するについて動機の錯誤があり、原告もそのことを十分知っていたのであるから、右契約は、錯誤により無効である。

(三) 本件連帯保証契約の詐欺による取消

原告は、本件連帯保証契約締結に際し、被告の代表取締役解任及びそれによる被告の原告に対する包括連帯根保証契約責任の消滅を知りつつ、被告に対し右契約に基づく責任は免れないと虚偽の事実を申し述べ、被告をそのように信じさせた上、本件連帯保証契約を締結させた。被告は、平成九年一二月二六日、原告に対し、本件連帯保証契約を取り消す旨の意思表示をした。

第三争点に対する判断

一  包括連帯根保証責任について

保証期間及び保証限度額を定めない包括連帯根保証契約に基づく責任については、保証人の責任が過酷にならないよう、主たる債務者と保証人との関係、保証契約が締結されるに至った事情、債権者と主債務者との取引の態様及び経過、保証人の地位の変化等の諸般の事情を考慮して、保証の範囲を信義則に従い合理的に解釈すべきである。代表取締役が会社の債務のために包括連帯根保証契約を締結し、後に代表取締役を退任した場合には、右代表取締役に解約告知権が認められる場合があることは格別、退任により当然に保証債務が確定し、以後保証責任を負わなくなるということはできない。

しかしながら、本件においては、後に認定するとおり、被告は、昭和三八年に訴外会社を設立して代表取締役になり、昭和四二年にはBが、昭和五〇年にはCがそれぞれ訴外会社の取締役になったが、その後、B及びCと被告との間で、会社の経営等につき争いとなり、昭和六一年一月八日、被告は、代表取締役を解任され、Cが代表取締役に就任したこと、被告は、その後、右解任決議無効を主張して仮処分を申請したが、これが認められなかったため、東京地方裁判所に訴外会社の全株式が被告の所有であることの確認を求めて訴えを提起するなどして争ったこと、原告は、これらの事情を認識していたことに照らせば、このような事情において、原告が、主債務者である訴外会社に新たに多額の融資を行う場合は、保証人である被告に対し、訴外会社のために連帯保証をするか保証意思を確認する義務を負うというべきであり、右保証意思を確認したことを認めるに足りる証拠がない本件においては、原告が、右新たな融資につき被告に包括連帯根保証責任を追及することは、信義則上許されないといわなければならない。

以上のとおりであり、原告は、被告に対し、信用金庫取引約定書による包括連帯根保証契約に基づき、本件貸付金の返還を請求することはできないといわなければならない。

二  本件連帯保証契約の成立について

証拠(≪証拠省略≫、証人D、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  被告は、昭和三八年に訴外会社を設立して代表取締役になり、昭和四二年にはBが、昭和五〇年にはCがそれぞれ訴外会社の取締役になったが、その後、B及びCと被告との間で、会社の経営等につき争いとなり、昭和六一年一月八日、被告は、代表取締役を解任され、Cが代表取締役に就任した。

2  被告は、右解任決議無効を主張して仮処分を申請したが、これが認められなかったため、東京地方裁判所に訴外会社の全株式が被告の所有であることの確認を求めて訴えを提起し、その後、平成五年一月二九日、右訴訟について東京高等裁判所で和解をし、同日、訴外会社の代表取締役に復帰し、Bは取締役を、Cは代表取締役をそれぞれ辞任した。

3  被告は、前記解任後、晴康建設株式会社(以下「晴康建設」という。)を設立した。一方、B及びCは、昭和六二年には株式会社パーソン(以下「パーソン」という。)を昭和六三年には有限会社ホテル秀晃(以下「ホテル秀晃」という。)を設立した。

被告が代表取締役を解任された後、訴外会社は、前記のとおり、所有するビルを担保に原告から融資を受け、これをパーソン及びホテル秀晃に貸し付けた。

4  訴外会社は、平成五年四月以降、原告からの借入金の支払を怠っていたところ、原告は、訴外会社に対し、同年六月二五日付け内容証明郵便で、支払を催促し、右郵便は、同月二八日に到達した。しかし、訴外会社は、右支払をせず、同月三〇日の経過をもって期限の利益を喪失した。そこで、原告は、同年八月一一日、訴外会社が所有する三棟のビルの家賃につき仮差押えをした。

5  被告は、平成五年一〇月初めころ、原告に対し、右仮差押えを解除して欲しい旨要請し、何度か交渉した結果、原告は、一か月の支払額を一〇〇〇万円とすること、訴外会社の原告に対する債務の承認をすること、訴外会社の代表取締役に復帰した被告及び被告が経営していた晴康建設株式会社が右債務を連帯保証することなどを内容とする提示をした。

更に交渉した結果、一か月の支払額を約九〇〇万円とする、融資も条件次第では可能性があるということで、被告も一応納得した。

6  原告は、平成六年八月二五日、被告に対し、右交渉の結果を内容とする「債務承認及び支払等契約書」(≪証拠省略≫)を示し、署名押印を求めたが、被告は、晴康建設が連帯保証することは拒絶し、原告も、これを承諾した。そして、原告及び被告は、同月三一日、晴康建設の事務所で右契約書を作成した。なお、被告は、これ以前に訴外会社が金銭消費貸借(一)ないし(三)につき、期限の利益を喪失していることを認識しており、また、この際、被告から、右借入金につき、自分が保証する理由はない旨の話は出なかった。

7  右「債務承認及び支払等契約書」には、被告は、平成六年八月三一日、原告に対し、訴外会社が原告に負担している前記争いのない事実等4記載の債務につき連帯保証する旨の記載がある。

以上の事実によれば、被告は、平成六年八月三一日、訴外会社が原告に対して負担する本件債務につき、連帯保証したものと認めることができる。

被告が右連帯保証契約成立の無効及び取消の理由とするところは、本件被担保債権は、Cが訴外会社の代表取締役であった当時、訴外会社の経営資金とされたもののみならず、実質的にはBらが設立・経営するパーソンの経営のために融資されたものを含む(≪証拠省略≫)のであり、被告は、そのような債務を保証するいわれはない、また、右連帯保証契約締結当時、訴外会社の活動は実質的には停止しており、このような債務について新たに連帯保証するはずはないというものである。

しかしながら、C、Bらと被告の間での前記和解においては、右事情を前提に、パーソン及びCらが訴外会社の債務を支払い、右支払がされない債務については訴外会社が負担する旨の合意がされた上で、被告が訴外会社の全株式の所有者であることを確認し、訴外会社の代表取締役としての地位を回復したものであり、被告は、訴外会社の代表取締役に復帰した時点で、訴外会社の債務の内容については十分に認識していたのであり(被告本人)、本件連帯保証契約は、被告が、右和解において、訴外会社が原告に対して金銭消費貸借契約(一)ないし(三)の債務を負担することを確認した上で締結されたものであるといわなければならない。

また、「債務承認及び支払等契約書」(≪証拠省略≫)では、原告から訴外会社への将来の融資が予定されており(≪証拠省略≫、証人D)、被告としては、自ら起こした訴外会社の経営を立て直し、原告から将来融資を受けることを期待して連帯保証契約を締結したことがうかがえる。

さらに、右「債務承認及び支払等契約書」において、被告は、原告から、被告が経営する別会社である晴康建設についても連帯保証人となるよう要求されたにもかかわらず、被告は、晴康建設が連帯保証人となることを拒絶し、結局原告もこれを了承して削除されていること、被告は、本件裁判になるまで、右連帯保証について特段原告に対して苦情を申し立てたことがうかがわれないことに照らしても、本件連帯保証契約締結に被告の錯誤ないし原告の詐欺があったとする被告の主張は、到底採用できない。

三  以上のとおりであり、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 木村元昭)

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